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  • 17歳のとき、三段に昇段。半年間18回戦のリーグ戦で対局、上位2名だけがプロ入り出来る、三段リーグに参加。棋士によっては一期で突破することもあるが、多くのプロ棋士が「三段の将棋は特別」と言うほど、過酷な闘いの場。高い勝率を上げつつも抜け出せない日々が続いた。

     なかなか上がれず、後輩に抜かれることもありました。奨励会員はプロ棋戦の記録係をするのですが、後輩だった子を「先生」って呼ばないといけなくて。最初の頃は正直、はがゆくて悔しい気持ちばかりでした。
     自分にとって将棋は天職で、当たり前のようにプロになると思っていたので、当然こんな苦労するとは考えていなくて。もともと負けず嫌いではなく、感情の波は少ないほうですが、三段リーグで負けた後は気持ちが荒れました。そういうときは、漫画喫茶に行って漫画を読むか、成人してからは呑んで寝るか。奨励会同期の稲葉陽八段(注7)とは、小学校の頃から知ってるというのもあって、一緒にお酒を呑んだり。今もですが、気持ちの立て直しが得意ではないので、落ち込んだときは、なるべく忘れるようなことをして、待ちます。

    23歳のとき、五段以下の若手棋士・女流棋士・アマチュア・奨励会員が参加するプロ棋戦、新人王戦でプロを破り優勝。奨励会員の公式棋戦優勝は、史上初の快挙。話題となった。

     もちろん優勝出来てうれしかったですが、新人王戦で勝った何勝かのうち、一勝でもいいから三段リーグにまわせば昇段出来たのにな……とか(笑)、そういうことも考えましたし、なぜこれで三段では勝てないのだろう、という複雑な気持ちも大きかった。
     その後、新人王とタイトル保持者の記念対局で、羽生先生と対戦出来ることになりました。師匠からも対局前に連絡をいただいて、「これが新人王をとった一番のご褒美だからね」って。奨励会員で羽生先生と指せるなんて夢のようでしたし、結果完敗だったのですが、自信になりました。

    三段リーグを闘い続ける日々は続く。

     正直、毎回対局の日が嫌でした。奨励会が近づくと憂鬱になって……でもそれをやらなかったら自分が何者なのかわからないので、行かなきゃいけない。  とにかく眠れなかったです。布団に入っていても頭の中で考えてしまい、気づいたら朝で。奨励会の対局時間は短いとはいえ、朝から夕方まであるので、体力的にはきつい。「寝てないのにオレ大丈夫かな」って不安になって……対局の前日にぐっすり眠れた経験は、ほぼないです。対局が終わっても、頭が冴えてる感じがして眠れなくて。プロになってから、寝付きは少し良くなりましたけど。
     「プロになれるんだろうか」「なれなかったらどうしよう」と考えるようになって……怖かった。プロになれなかったとしても、将棋はできるんですけど……。今まで将棋中心で生きてきたけど、そうじゃなくなる。そう思ったら、怖くて。あまりにも小さい頃からプロを目指しているので、もう、自分のすべてと言っても過言ではない。将棋が趣味になるっていうのは、自分としては考えられなかった。けれど不安になることはあっても、「なれなかったら他の仕事しよう」って具体的に考えたことは、全くありませんでした。

    注7●稲葉陽(いなば・あきら)八段
    1988年生まれ。兵庫県出身。19歳でプロ入り。2013年銀河戦優勝。


    26歳。勝ち越せなければ年齢制限により退会となる、2015年後期。最終日二局を残して一位確定、プロ入りが決まった。

     最後の期が始まるときは、今までと違いましたね。「なれなかったらどうするか」ってことをそこで初めて考えました。それまでは、自分は将棋以外出来ない、プロになれなかったら終わりだって思っていたんです。でも、本気で考えた結果、地元に戻って家業を継ぐのもありかなって思ったりして。そこで終わり……ってわけでもないかな、という気持ちを持つことが出来て、開き直れましたね。
     昇段が決まった瞬間は、ほっとしました。ようやく終わったな、と。最初に報告したのは師匠です。その日、終局時間が押して報告が遅れてしまったのですが、心配してくださったみたいで。「ほんとによかったね」って言っていただいて。その後、両親に伝えたら、父は落ち着いていましたけど、母は喜びすぎて何を言ってるかわからないような感じでした(笑)。
     もともとはタイトルをとるのが目標で、プロになるのはあくまで前提だったので。まあ、これからがスタートです。

    プロ入りして半年。これからの目標は。

     ライバルではないですけど、奨励会同期の稲葉八段は今A級(注8)棋士で、プライベートでも仲がいいので、目標という意味では一番意識しています。勝ちたいというより、はやく稲葉さんがいるところまで追いつきたい。奨励会の同期や後輩、全員にその気持ちはありますね。やはり、差をつけられっぱなしだと悔しいですから。
     目標とする先輩棋士というと……師匠はもちろん目標ではあるのですが、雲の上すぎてなんて言ったらいいかわからないです(笑)。将棋の実績はもちろんですけど、佇まいもふくめすべてにおいて、目標というか、憧れです。三段で苦労しているときに、「力はついているから、その力さえ出し切れば上がれる」って何度も言っていただいて、その言葉が一番の励みになりました。対局姿勢であるとか、ちょっとした仕草とか、師匠に受けている影響は大きいです。師匠が私に縁を感じ取ってくださったように、自分も縁を感じることがあれば、弟子をとりたいと思っています。
     格上の先輩棋士と公式戦で対局出来るようになって、プロになったんだな、と実感しています。指したことのない人とはみな指したいですが、何よりも公式戦で師匠と対局したい。でも、自分が強くならないと当たれないので、がんばります(笑)。

     プロになるまで、つらいことと楽しいこと、正直、半々くらいありました。長く上がれなくて、対局が嫌だなんて考えたこともありましたが、それでもやはり将棋を指しているときは楽しいですし、将棋を指す仲間と一緒にいるのもすごく楽しい。けっこう流されやすくて、人に意見を言われるとすぐ「なるほど」って思っちゃったりするんですけど(笑)、将棋への気持ちだけは揺るがなかった。そう考えると、やっぱり天職なのかもしれません。自分の伸びしろはかなりあると思っているので、タイトルを目指し、指し続けます。

    (2016年9月談)

    注8●A級
    タイトル戦のひとつ、名人・順位戦でのプロ棋士のクラス分け。A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組に分かれ年間通してリーグ戦で戦い、その成績で次期の在籍クラスが決まる。A級の優勝者が名人タイトル保持者に挑戦できる。新規のプロ棋士はC級2組に所属する。どのクラスに所属しているかにより対局料が変動、棋士にとって最も重要な棋戦とされる。


17歳のとき、三段に昇段。半年間18回戦のリーグ戦で対局、上位2名だけがプロ入り出来る、三段リーグに参加。棋士によっては一期で突破することもあるが、多くのプロ棋士が「三段の将棋は特別」と言うほど、過酷な闘いの場。高い勝率を上げつつも抜け出せない日々が続いた。

 なかなか上がれず、後輩に抜かれることもありました。奨励会員はプロ棋戦の記録係をするのですが、後輩だった子を「先生」って呼ばないといけなくて。最初の頃は正直、はがゆくて悔しい気持ちばかりでした。
 自分にとって将棋は天職で、当たり前のようにプロになると思っていたので、当然こんな苦労するとは考えていなくて。もともと負けず嫌いではなく、感情の波は少ないほうですが、三段リーグで負けた後は気持ちが荒れました。そういうときは、漫画喫茶に行って漫画を読むか、成人してからは呑んで寝るか。奨励会同期の稲葉陽八段(注7)とは、小学校の頃から知ってるというのもあって、一緒にお酒を呑んだり。今もですが、気持ちの立て直しが得意ではないので、落ち込んだときは、なるべく忘れるようなことをして、待ちます。

23歳のとき、五段以下の若手棋士・女流棋士・アマチュア・奨励会員が参加するプロ棋戦、新人王戦でプロを破り優勝。奨励会員の公式棋戦優勝は、史上初の快挙。話題となった。

 もちろん優勝出来てうれしかったですが、新人王戦で勝った何勝かのうち、一勝でもいいから三段リーグにまわせば昇段出来たのにな……とか(笑)、そういうことも考えましたし、なぜこれで三段では勝てないのだろう、という複雑な気持ちも大きかった。
 その後、新人王とタイトル保持者の記念対局で、羽生先生と対戦出来ることになりました。師匠からも対局前に連絡をいただいて、「これが新人王をとった一番のご褒美だからね」って。奨励会員で羽生先生と指せるなんて夢のようでしたし、結果完敗だったのですが、自信になりました。

三段リーグを闘い続ける日々は続く。

 正直、毎回対局の日が嫌でした。奨励会が近づくと憂鬱になって……でもそれをやらなかったら自分が何者なのかわからないので、行かなきゃいけない。  とにかく眠れなかったです。布団に入っていても頭の中で考えてしまい、気づいたら朝で。奨励会の対局時間は短いとはいえ、朝から夕方まであるので、体力的にはきつい。「寝てないのにオレ大丈夫かな」って不安になって……対局の前日にぐっすり眠れた経験は、ほぼないです。対局が終わっても、頭が冴えてる感じがして眠れなくて。プロになってから、寝付きは少し良くなりましたけど。
 「プロになれるんだろうか」「なれなかったらどうしよう」と考えるようになって……怖かった。プロになれなかったとしても、将棋はできるんですけど……。今まで将棋中心で生きてきたけど、そうじゃなくなる。そう思ったら、怖くて。あまりにも小さい頃からプロを目指しているので、もう、自分のすべてと言っても過言ではない。将棋が趣味になるっていうのは、自分としては考えられなかった。けれど不安になることはあっても、「なれなかったら他の仕事しよう」って具体的に考えたことは、全くありませんでした。

注7●稲葉陽(いなば・あきら)八段
1988年生まれ。兵庫県出身。19歳でプロ入り。2013年銀河戦優勝。


26歳。勝ち越せなければ年齢制限により退会となる、2015年後期。最終日二局を残して一位確定、プロ入りが決まった。

 最後の期が始まるときは、今までと違いましたね。「なれなかったらどうするか」ってことをそこで初めて考えました。それまでは、自分は将棋以外出来ない、プロになれなかったら終わりだって思っていたんです。でも、本気で考えた結果、地元に戻って家業を継ぐのもありかなって思ったりして。そこで終わり……ってわけでもないかな、という気持ちを持つことが出来て、開き直れましたね。
 昇段が決まった瞬間は、ほっとしました。ようやく終わったな、と。最初に報告したのは師匠です。その日、終局時間が押して報告が遅れてしまったのですが、心配してくださったみたいで。「ほんとによかったね」って言っていただいて。その後、両親に伝えたら、父は落ち着いていましたけど、母は喜びすぎて何を言ってるかわからないような感じでした(笑)。
 もともとはタイトルをとるのが目標で、プロになるのはあくまで前提だったので。まあ、これからがスタートです。

プロ入りして半年。これからの目標は。

 ライバルではないですけど、奨励会同期の稲葉八段は今A級(注8)棋士で、プライベートでも仲がいいので、目標という意味では一番意識しています。勝ちたいというより、はやく稲葉さんがいるところまで追いつきたい。奨励会の同期や後輩、全員にその気持ちはありますね。やはり、差をつけられっぱなしだと悔しいですから。
 目標とする先輩棋士というと……師匠はもちろん目標ではあるのですが、雲の上すぎてなんて言ったらいいかわからないです(笑)。将棋の実績はもちろんですけど、佇まいもふくめすべてにおいて、目標というか、憧れです。三段で苦労しているときに、「力はついているから、その力さえ出し切れば上がれる」って何度も言っていただいて、その言葉が一番の励みになりました。対局姿勢であるとか、ちょっとした仕草とか、師匠に受けている影響は大きいです。師匠が私に縁を感じ取ってくださったように、自分も縁を感じることがあれば、弟子をとりたいと思っています。
 格上の先輩棋士と公式戦で対局出来るようになって、プロになったんだな、と実感しています。指したことのない人とはみな指したいですが、何よりも公式戦で師匠と対局したい。でも、自分が強くならないと当たれないので、がんばります(笑)。

 プロになるまで、つらいことと楽しいこと、正直、半々くらいありました。長く上がれなくて、対局が嫌だなんて考えたこともありましたが、それでもやはり将棋を指しているときは楽しいですし、将棋を指す仲間と一緒にいるのもすごく楽しい。けっこう流されやすくて、人に意見を言われるとすぐ「なるほど」って思っちゃったりするんですけど(笑)、将棋への気持ちだけは揺るがなかった。そう考えると、やっぱり天職なのかもしれません。自分の伸びしろはかなりあると思っているので、タイトルを目指し、指し続けます。

(2016年9月談)

注8●A級
タイトル戦のひとつ、名人・順位戦でのプロ棋士のクラス分け。A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組に分かれ年間通してリーグ戦で戦い、その成績で次期の在籍クラスが決まる。A級の優勝者が名人タイトル保持者に挑戦できる。新規のプロ棋士はC級2組に所属する。どのクラスに所属しているかにより対局料が変動、棋士にとって最も重要な棋戦とされる。

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