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  • 「実は単行本を買っていまして。今は母に貸してしまって手元にないんですけど(笑)。」
     『或るアホウの一生』を手にとり、笑顔がこぼれる都成竜馬四段。主人公・高以良と同様、今年4月にプロデビューをしたばかりの新人将棋棋士だ。
     「高以良くんがメイクするあたりとか……自分でも『坊主にしたら勝てるかな?』と思って、坊主にしたこともあって。共感できる部分がたくさんありました」
     史上初の奨励会員によるプロ棋戦優勝を成し遂げ、大きく話題になりながらもプロ一歩手前の三段にとどまった8年間。今期を勝ち越せなければ年齢制限による退会、という追いつめられた状況で勝ち取ったプロ昇段の白星。険しい道を進み続けることが出来た理由とは。

    『或るアホウの一生』試し読み

    宮崎県で自営業を営む両親のもと、兄・姉・妹というきょうだいに囲まれ育った都成四段。
    将棋との出会いから聞いた。


     将棋を覚えたのは4歳、と父には言われていますが、自分では記憶がほとんどなくて。父は大の将棋ファンなんです。まず4歳年上の兄に教えていて、私は父と兄が指しているのを見て興味を持ったみたいで。姉と駒を使って遊んでいたのをうっすら覚えていて、それが将棋をしている一番古い記憶です。ぼーっとしていることの多い子供だったようなのですが、幼稚園のときにはもう「将来の夢は、将棋のプロ」って書いていて。気がついたときには、決めていました。他の夢も、特になかったですね。ただ子供の頃から漫画が好きだったので、将棋のプロっていう夢がなかったら、漫画家に憧れていたと思います(笑)。
     父と兄はアマチュア有段者、姉と妹はルールは分かる、母はルールも知らない……という家族で、子供の頃からプロへの夢を応援してくれていました。家族に反対されることも多い職業だと思うので、恵まれていましたね。兄は「最初のライバル」みたいな存在でしたが、私が小1、兄が小4のとき、将棋大会で当たったらしいんです。わりと大きな場面で私が勝って、兄はプロへの情熱が薄れたみたいです。私はあまり覚えていないのですが。

    小学校5年生のとき、多くのプロ棋士を輩出する小学生将棋名人戦(注1)に出場、優勝した。

     もともとプロを目指すのは決めていましたが、この優勝がきっかけになって行動に移しました。奨励会(注2)はプロ棋士の師匠がいないと入会試験を受けられないので、私を弟子にしてくれる人を探さなくてはいけない。そこで、谷川浩司先生(注3)に手紙を書きました。当時、将棋雑誌で見るタイトル戦(注4)は谷川先生と羽生善治先生(注5)の対局が一番多くて、棋士といえば谷川先生か羽生先生、というのがあって。どうせならダメ元で、一番の憧れだった谷川先生に、と。親にも協力してもらいましたが、10歳の自分なりに、自分の想いを書いたと記憶しています。
     それまで弟子をとっていなかった谷川先生から、「お会いしましょう」とお返事をいただいて。神戸でお会いし、その日のうちに「弟子にしましょう」と。今思えば、すごいことです。師匠は阪神淡路大震災で被災されていて、私の誕生日が1月17日だったこと、将棋にちなんだ「竜馬」という名前とに、縁を感じたとお話ししてくださいました。

    奨励会のため、地元の宮崎から関西将棋会館(注6)のある大阪へと月2回行き来する生活が始まった。師匠に棋譜を送り、手紙や電話でコメントを返してもらい指導を受けた。

     高校に入学するタイミングで、宮崎から大阪に出てきました。宮崎だと、もうあまり対戦相手がいなくて、自分より強い人と対戦できる機会を増やしたかったんです。15歳だったので、ひとりだと家族も心配したかもしれないですけど、ちょうど兄も大学進学だったので、ふたりで暮らし始めました。もしかしたら、私にあわせて大阪の大学を選んでくれたのかもしれないです。料理好きの兄は、当時カレー作りにハマっていて、たまに作るとだいたいカレーでしたね(笑)。他は外食ばかりで食生活の面ではマイナスもありましたが、将棋の修行環境としては、かなりよくなりました。
     高校は校長先生が将棋に理解のある方で、そこをふくめて学校を選んだのですが、理解のない先生もいて。当時、奨励会は平日にあったので、学業との両立はけっこう苦労しました。「何よりも奨励会優先」という気持ちが強かったですね。

    注1●小学生将棋名人戦
    全国各地から予選を勝ち抜いた小学生が集まる全国大会。都成の決勝対戦相手は、当時、既に将棋ファンの間で注目を集めていた中村太地六段。中村は関東、都成は関西と分かれているが奨励会入会は同期。中村は都成が三段リーグに上がる前年、17歳でプロ入りしている。

    注2●奨励会
    日本将棋連盟によるプロ棋士養成機関。一部例外を除き、プロ棋士になるためには入会しなくてはならない。三段まで上がり、所定の成績をおさめると四段(=プロ入り)となる。

    注3●谷川浩司(たにがわ・こうじ)九段
    1962年生まれ。永世名人資格保持。兵庫県出身。史上2人目の中学生棋士としてプロ入りし、タイトル通算獲得数は歴代4位。羽生三冠との150局を超える対局はゴールデンカードとして多くのファンを魅了した。公益社団法人日本将棋連盟会長。

    注4●タイトル戦
    プロ棋士が参加する公式棋戦のうち、竜王戦・名人(順位)戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦・棋聖戦の7つを指す。優勝者には称号が与えられる。

    注5●羽生善治(はぶ・よしはる)三冠(王位・王座・棋聖)
    1970年生まれ。永世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世棋聖・永世王将・名誉NHK杯選手権者資格保持。埼玉県出身。史上3人目の中学生棋士としてプロ入り、タイトル通算獲得数歴代1位。

    注6●関西将棋会館
    奨励会は関東と関西にわかれ、東京・千駄ヶ谷にある将棋会館と、大阪・福島にある関西将棋会館とで行われる。三段リーグは統一して行われ、お互い遠征をして戦う。


「実は単行本を買っていまして。今は母に貸してしまって手元にないんですけど(笑)。」
 『或るアホウの一生』を手にとり、笑顔がこぼれる都成竜馬四段。主人公・高以良と同様、今年4月にプロデビューをしたばかりの新人将棋棋士だ。
 「高以良くんがメイクするあたりとか……自分でも『坊主にしたら勝てるかな?』と思って、坊主にしたこともあって。共感できる部分がたくさんありました」
 史上初の奨励会員によるプロ棋戦優勝を成し遂げ、大きく話題になりながらもプロ一歩手前の三段にとどまった8年間。今期を勝ち越せなければ年齢制限による退会、という追いつめられた状況で勝ち取ったプロ昇段の白星。険しい道を進み続けることが出来た理由とは。

『或るアホウの一生』試し読み

宮崎県で自営業を営む両親のもと、兄・姉・妹というきょうだいに囲まれ育った都成四段。
将棋との出会いから聞いた。


 将棋を覚えたのは4歳、と父には言われていますが、自分では記憶がほとんどなくて。父は大の将棋ファンなんです。まず4歳年上の兄に教えていて、私は父と兄が指しているのを見て興味を持ったみたいで。姉と駒を使って遊んでいたのをうっすら覚えていて、それが将棋をしている一番古い記憶です。ぼーっとしていることの多い子供だったようなのですが、幼稚園のときにはもう「将来の夢は、将棋のプロ」って書いていて。気がついたときには、決めていました。他の夢も、特になかったですね。ただ子供の頃から漫画が好きだったので、将棋のプロっていう夢がなかったら、漫画家に憧れていたと思います(笑)。
 父と兄はアマチュア有段者、姉と妹はルールは分かる、母はルールも知らない……という家族で、子供の頃からプロへの夢を応援してくれていました。家族に反対されることも多い職業だと思うので、恵まれていましたね。兄は「最初のライバル」みたいな存在でしたが、私が小1、兄が小4のとき、将棋大会で当たったらしいんです。わりと大きな場面で私が勝って、兄はプロへの情熱が薄れたみたいです。私はあまり覚えていないのですが。

小学校5年生のとき、多くのプロ棋士を輩出する小学生将棋名人戦(注1)に出場、優勝した。

 もともとプロを目指すのは決めていましたが、この優勝がきっかけになって行動に移しました。奨励会(注2)はプロ棋士の師匠がいないと入会試験を受けられないので、私を弟子にしてくれる人を探さなくてはいけない。そこで、谷川浩司先生(注3)に手紙を書きました。当時、将棋雑誌で見るタイトル戦(注4)は谷川先生と羽生善治先生(注5)の対局が一番多くて、棋士といえば谷川先生か羽生先生、というのがあって。どうせならダメ元で、一番の憧れだった谷川先生に、と。親にも協力してもらいましたが、10歳の自分なりに、自分の想いを書いたと記憶しています。
 それまで弟子をとっていなかった谷川先生から、「お会いしましょう」とお返事をいただいて。神戸でお会いし、その日のうちに「弟子にしましょう」と。今思えば、すごいことです。師匠は阪神淡路大震災で被災されていて、私の誕生日が1月17日だったこと、将棋にちなんだ「竜馬」という名前とに、縁を感じたとお話ししてくださいました。

奨励会のため、地元の宮崎から関西将棋会館(注6)のある大阪へと月2回行き来する生活が始まった。師匠に棋譜を送り、手紙や電話でコメントを返してもらい指導を受けた。

 高校に入学するタイミングで、宮崎から大阪に出てきました。宮崎だと、もうあまり対戦相手がいなくて、自分より強い人と対戦できる機会を増やしたかったんです。15歳だったので、ひとりだと家族も心配したかもしれないですけど、ちょうど兄も大学進学だったので、ふたりで暮らし始めました。もしかしたら、私にあわせて大阪の大学を選んでくれたのかもしれないです。料理好きの兄は、当時カレー作りにハマっていて、たまに作るとだいたいカレーでしたね(笑)。他は外食ばかりで食生活の面ではマイナスもありましたが、将棋の修行環境としては、かなりよくなりました。
 高校は校長先生が将棋に理解のある方で、そこをふくめて学校を選んだのですが、理解のない先生もいて。当時、奨励会は平日にあったので、学業との両立はけっこう苦労しました。「何よりも奨励会優先」という気持ちが強かったですね。

注1●小学生将棋名人戦
全国各地から予選を勝ち抜いた小学生が集まる全国大会。都成の決勝対戦相手は、当時、既に将棋ファンの間で注目を集めていた中村太地六段。中村は関東、都成は関西と分かれているが奨励会入会は同期。中村は都成が三段リーグに上がる前年、17歳でプロ入りしている。

注2●奨励会
日本将棋連盟によるプロ棋士養成機関。一部例外を除き、プロ棋士になるためには入会しなくてはならない。三段まで上がり、所定の成績をおさめると四段(=プロ入り)となる。

注3●谷川浩司(たにがわ・こうじ)九段
1962年生まれ。永世名人資格保持。兵庫県出身。史上2人目の中学生棋士としてプロ入りし、タイトル通算獲得数は歴代4位。羽生三冠との150局を超える対局はゴールデンカードとして多くのファンを魅了した。公益社団法人日本将棋連盟会長。

注4●タイトル戦
プロ棋士が参加する公式棋戦のうち、竜王戦・名人(順位)戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦・棋聖戦の7つを指す。優勝者には称号が与えられる。

注5●羽生善治(はぶ・よしはる)三冠(王位・王座・棋聖)
1970年生まれ。永世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世棋聖・永世王将・名誉NHK杯選手権者資格保持。埼玉県出身。史上3人目の中学生棋士としてプロ入り、タイトル通算獲得数歴代1位。

注6●関西将棋会館
奨励会は関東と関西にわかれ、東京・千駄ヶ谷にある将棋会館と、大阪・福島にある関西将棋会館とで行われる。三段リーグは統一して行われ、お互い遠征をして戦う。

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